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東京高等裁判所 昭和55年(ツ)5号 判決 1980年7月10日

上告人

根本朝一

上告人

小泉半右衛門

上告人ら訴訟代理人

八木下巽

被上告人

椎野實

被上告人

中沢平治

被告人ら訴訟代理人

糸賀悌治

主文

本件各上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人の上告理由第一点について。

所論は、原審が原判決添付第一目録記載の本件各土地(のちに同第二、三目録記載の各土地に表示がかわる。)についての譲渡担保上の被上告人の受戻権は(一)右譲渡担保における当然帰属、流担保の特約により本件各土地の所有権もしくは農地法所定の許可を条件とする所有権移転請求権が被担保債権の弁済期限到来と同時に上告人根本に確定的に帰属したこと、または(二)右弁済期限後である昭和四四年四月一日、上告人根本が上告人小泉に本件各土地についての右条件付所有権を譲渡し、翌二日、所有権移転登記を経たこと、のいずれかによつて消滅した(従つてその後になした被上告人椎野の弁済供託は無効である)との上告人らの主張を排斥した点には、譲渡担保についての解釈の誤り、判断遺脱などの違法がある、というものである。

ところで譲渡担保においては、被担保債権の弁済期限が到来しても、目的物の価額が被担保債権額をこえる場合は、いわゆる流担保を約してもその効力はなく、譲渡担保権者はその差額金(清算金)を債務者に支払つて清算をしなければならず、清算金の支払ないし提供があるまでは債務者は被担保債権を弁済して譲渡担保権を消滅させることができるものと解される。

そして原審認定によれば本件各土地につき本件譲渡担保が設定された昭和三四年当時、右土地の価額は被担保債権額の約二倍であつたとされており、これと昨今の地価高騰の傾向を考えあわせると、本件譲渡担保においては譲渡担保権者側で清算金の支払をなすべきであり、その提供があるまでは受戻権は消滅せず、目的物の所有権ないし所有権移転請求権も確定的には上告人根本に帰属しなかつたものと考えられる。

そうすると上告人らの前記(一)の主張は、被上告人椎野が取得した権利が所有権であれ、条件付所有権移転請求権であれ、失当といわざるをえない。

また譲渡担保においては譲渡担保権者が目的物を善意の第三者に譲渡し、適法な公示手段がとられた場合には、債務者の受権は消滅するものと解される。

そして上告人根本が昭和四四年四月一日、上告人小泉に本件各土地についての権利を譲渡し、翌二日、所有権移転登記を経たことは原審の認定するところである。

しかし同時に原審認定によれば本件各土地の現況は昭和三四年以降農地であり、原審判示のように譲渡担保についても農地法所定の許可を経なければ所有権移転の効果は生じないから、未許可であること争いない本件譲渡担保において譲渡担保権者が取得するのは、上告人らが仮定的に主張しているように、いわば債権的な所有権移転請求権に過ぎないから、この譲渡によつて取得するものも右請求権に過ぎない。

ところで本来、右のような権利の取得、譲渡の適法な公示手段は、目的物が不動産である場合には、不動産登記法上の仮登記および同附記登記であるが、本件においてはこの点についての主張、立証はなく、かえつて上告人らがそれぞれ、実体に符合しないというべき、所有権移転登記を受けていることが明らかであるから、前記上告人根本から上告人小泉への権利譲渡については適法な公示手段はとられておらず、従つて右権利譲渡によつては被上告人椎野の受戻権は消滅してはいないといわざるをえない。上告人らの前記(二)の主張も失当である。

これらの点に関する原判決の判示は簡単すぎる嫌いがあるが、そのいわんとするところおよび結論は右と同旨であり、所論の違法はない。論旨は採用しない。

同第二点について。

所論は、被上告人椎野が昭和五一年九月一〇日になした弁済供託はすでに前記のように上告人根本から上告人小泉に権利の譲渡がなされたのちに上告人根本に対してなされたものであるから無効であるのにこれ(右弁済供託)を有効とみた原審の判断は誤つている、というものである。

しかし上告人根本が上告人小泉に目的物の所有権移転請求権を譲渡してもこれにつき適法な公示手段がとられていず、また被上告人椎野の受戻権は消滅しないこと前記のとおりであるから被上告人椎野が上告人根本を権利者とみてこれに対してなした右弁済供託も無効視できない。

従つて右弁済供託を有効とした原審の判断は正当であり、論旨は採用することができない。

同第三点について。

所論は、(一)上告人根本と被上告人間に成立した消費貸借の個数、金額、(二)本件各土地につき両名間に成立した契約は売買契約か譲渡担保契約か、(三)右契約時以降の本件各土地の農地性、以上第三点についての原審認定には経験則違反の違法がある、というものであるが、原判決挙示の証拠によれば右各争点についての原審の認定は正当なものとして是認することができ、所論の違法はない。論旨は採用できない。

よつて民訴法四〇一条に従い本件上告を棄却することとし、上告費用の負担につき同法九五条本文、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(吉岡進 吉江清景 上杉晴一郎)

上告理由<省略>

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